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スマイル木喰とは?

お笑い芸人やタレントの名前ではありません。
今から300年近く前に生まれ、93歳で入定(究極の修行で高僧が生きたまま即身仏になること)した、お寺を持たない木喰上人を、われわれ「にいがた木喰倶楽部」が親しみを込めて名付けました。
すべての木喰仏がそうではありませんが、ご覧の写真のように、上人が作った木喰仏は人懐っこい『微笑み』をした表情の仏像が多くあり特徴となっています。
その『微笑み』をシンボリックなイメージとして、スマイル=smileを冠にキャッチフレーズとしました。
見る人すべてに慈愛の微笑みで感動を与えてくれる木喰仏。
あふれる微笑みでご覧ください。
ちなみに、このブログでは音は出ていませんが、喜劇王チャーリー・チャプリン作曲のsmileが全編に流れていると思ってください。
この曲名自体もキャッチフレーズの想いになっています。
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木喰仏とは?

木喰仏とは、木喰上人(もくじきじょうにん)という寺を持たない漂泊の僧侶が作った木彫りの仏像のことをいいます。
上人は享保3年(1718年)、山梨県下部町丸畑で名主の次男として生まれ、わけあって22歳で出家。45歳で名僧より木喰戒(五穀や煮炊きした食べ物を断ち、木の実や果実を常用)を受け、その後56歳より日本廻国修行の大願を発して全国各地を行脚し、北海道で円空仏に出会い彫仏を信仰の行とします。時に上人61歳頃といわれています。
新潟県内へは二度来訪。佐渡や特に中越地方を中心に滞在し、各地に傑作ぞろいの木喰仏を残しています。その多くは80歳を過ぎた2回目の来県時に、超人的な技で作られたもので、全国で670体ほど確認されている中で新潟県内には270体の造仏、墨書50点ほどがしっかりと大切に保存されています。これはおそらく全国的にも最多で、まさに「木喰仏の宝庫」となっています。
その後、上人は文化7年(1810年)6月5日、93歳で入定(即身仏)。その終焉の地は未だ不明です。
2010年は木喰上人没後200年の記念の年にあたります。

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